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2018.11.19 ブログ

ARCトレーニングセッション参加報告

参加日時:2018年10月28日
文責:林伸彦(代表)
(*2018年7月のARCセンター訪問記はこちら

今回、ロンドンに本部がある、Antenatal Results and Choices (ARC)というチャリティ組織を訪れました。ARCは出生前診断前後の妊婦さんとその家族を支えるためのパンフレットの配布や、電話相談を行っています。30年前に設立され、寄付によって運営されています。イギリス国内の病院とも連携しており、国内中の相談が寄せられます。私たちは、日本にも同じような組織があったらいいなと思い、どのような勉強会が行われているか、視察に行きました。

詳しくはFetal Medicine Foundation の視察報告に譲りますが、イギリスにおける出生前検査は、特定の疾患のマススクリーニングを指すのではなく、妊娠11〜13週のお腹の赤ちゃん(胎児)の超音波検査から始まり、NIPTや絨毛検査、MRIなど順次必要な検査を組み合わせていく、一連の診断システムを指します。
大まかにいうと、染色体数異常(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーなど)、22q11.2欠失症候群などの染色体微小欠失・重複、先天性心疾患(大きな心室中隔欠損、左心低形成、大動脈縮窄、三尖弁閉鎖など)、その他の形態異常(手がない、足がない、二分脊椎、滑脳症、無脳症など)、胎児貧血や胎児心不全などについて発見する医療システムが整備されています。また病気の説明やケアに関しては、胎児科の医師や助産師、精神科医などが関わります。やはり順調な妊娠生活を想像していた家族にとって、胎児の異常を指摘されることは想定外で、何をどのように考えたらいいのか分からず、ときには医療者の声さえも聞けなくなる可能性があります。このようなときにおこる葛藤や、胎児の異常を理由とした中絶(注※)前後の心のケアを、ARCが行なっています。

日本では、出生前検査による「命の選択」という側面が注目され、出生前に赤ちゃんの病気を見つけることがタブーと考えられています。しかし通常の妊婦健診でも胎児の病気が見つかることもあり、その場合に、福祉制度にスムーズにつながることが困難な状況と言えます。胎児の異常を理由とした中絶が認められていない日本では、突然異常を指摘されたとしても、相談の受け皿を整備しにくいということなのかもしれません。
新型出生前検査(NIPT)の登場により出生前検査に関心が集まっている今だからこそ、妊婦さんやそのご家族が、赤ちゃんの置かれた状況に正しく向き合い、心のサポートを受けつつ将来をしっかり考えられるように、ARCのような相談窓口が必要だと感じています。

前置きが長くなりましたが、今回は、出生前検査で胎児の病気などを診断された家族をどうサポートするかについて、医療者が集まって話し合う勉強会に参加してきました。参加者はロンドンの胎児科で働いている助産師が多く、他にも遺伝カウンセラーや、先天性心疾患を専門とする看護師など、実際に出生前検査前後のサポートに従事しているプロばかりでした。ファシリテーター(進行役)はミランダさんという、長年ARCで出生前検査前後のサポートや、中絶前後の心のサポートをしている相談員が務めてくださいました。現場の事例を交えて行ったディスカッションは具体的で、実際の支援の様々なシミュレーションができました。

セッションごとに、①意思決定の難しさについて、②意思決定をどうサポートするかの方法論、③具体的なロールプレイ、④異常を指摘されて妊娠を終わらせる決断をした場合のサポート、⑤妊娠を継続する場合のサポートについて学びました。

特に、パターナリズム(医療者が患者の利益のためとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援する)とは対極にある「非指示的なサポート」が強調されていました。つまり胎児の異常という想定外の出来事に直面した家族が、産むか産まないか、産まない場合の中絶方法、周囲のサポートはどう受けるのか、産むならどうやって生活していくかなどの意思決定をするためには、自分たちがどんなことを知れば(病気のこと、自身の経済状況、得られる医療サポートなど)意思決定の助けになるかを、相談員との対話の中で明らかにし、自分たちで情報収拾できるように、サポートすることが大切ということです。「情報を与えるからあなたたちが決めて」ではなく、「あなたたちが考えるのを、そばで常に見守っているよ。そして必要があれば患者団体などもっと他の人と話せるようにもするよ」と、伝え続けることの大切さを学びました。

初めてARCの勉強会に参加してみて、今後も継続して参加してARCと意見交換をしながら、日本へ取り入れられるものはどんどん吸収していきたいと思いました。もちろん文化的背景の違いはあるので、全てをそのまま導入するのではなく、あくまでもARCの方法論を参考に、日本における出生前検査前後のサポートの充実を独自に考えていく必要があると考えています。

注※ イギリスでの人工妊娠中絶は、基本的には妊娠23週6日までに行われます。しかしそれ以降でも母体が生命の危険に冒されているときや、生まれてくる赤ちゃんが重い障がいをもつ場合には、いかなる週数でも中絶をすることが法で認められています。




参考:我々が日本で配布する用に作成中のブックレット(案)

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